模糊日記

理系人間による読書記録とその他の記録

秒速5センチメートル2

前回は想像以上にストーリーについて書き過ぎてしまったので次回への反省材料と思いつつ、今回は秒速5センチメートルの感想や考察的なことを書いていきます。

 

実際アニメ映画を見た感想を探したりする限り鬱アニメという印象が強い秒速5センチメートルですが、小説を読むことで180度その感想は変わるものでと思います。

それは小説と映画では話が違うから・・・?

映画も小説の三話構成でどの話のタイトルも一緒です。よって話の根本はさほど変わりません。しかし、映像では表現しきれない心情の移り変わりが小説でははっきりとわかるからというのが大きいでしょう。特に最後のシーン映画では明里と貴樹がすれ違って、貴樹が振り向いたら明里はいなく無言で終わってたような気がします。ですが小説だと”この電車が通り過ぎたら前に進もうと、彼は心に決めた。”の1行で締めくくられます。これによって貴樹は明里という存在を思い出いう形になり明里への気持ちという呪縛から放たれるようなイメージを読者に持たせていると私は思いました。さらに貴樹という男の半生の記録という解釈もできるのかなとも思います。これからの生活はどうなっていくのだろうかなど最後の結末を考えさせてくれる作品です。

あと映画では会社を辞めた後の貴樹は働いていないニートのような描き方をされているのですが、プログラマとしての実力が高かったため、小説では在宅で仕事をしているということになっています。ニートで昔の恋愛を引きづり前に進めづにいてすれ違って終わりだと悲しさしか得られません。しかし、仕事を持っていることで少しは社会に溶け込もうとする意思があることが読め取れ前に進もうということは片隅に残っているように思えます。

 

つまり、何が言いたいかというとアニメだけ見て鬱アニメだというのは短絡的な気がします。切ない気持ちになるのは否めませんが完全なバッドエンドということではないのでアニメも小説も楽しんでほしいです。

 

若輩者のくせに偉そうなことを言ってるような気がしますがこの記事はこの辺で終わりにしたいと思います。