模糊日記

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理系人間による読書記録とその他の記録

言の葉の庭

記念すべき?読書日記一発目はアニメーション映画監督新海誠さんが書いた言の葉の庭です。

なぜこの作品を選んだのか理由は簡単つい最近読み終わった作品だからです。語弊がある言い方になってしまうかもしれませんがお気に入りの作家は君の膵臓をたべたいの執筆した住野よるさんです。これまで読んだ本の感想はまた今度新たに書くとして始めていきますか稚拙な文が散乱するであろうがこの本に対する私の熱い思いを・・・

 

この本は映画完成後新海誠さん本人が書いた小説である。映画完成後だから映画と中身が全く一緒なのかなと考えていたのですが、その考えは見事に裏切られました。映画では靴職人を目指す男子高校生秋月孝雄とある事情から学校へ行けなくなり真昼間から公園でビールを飲む国語の女性教諭の雪野百香里である。小説でも同様に二人が主人公なのだが、映画では描かれることのなかった人物にもフォーカスされている。また、映画のエンディングの続きも知ることができる作品である。エピローグを含め11のタイトルがこの小説の各話につけられている。タイトルの他にも各話の最後にはその話にあった万葉集の歌が描かれており情景を想像する余地を多く与えてくれる。

 

この本を読み終わって頭によぎったのは人間てやっぱりみんなどこかしらおかしいよねという点。このおかしいところを自覚してる人はきっと少ないのであろう。自覚している人はそれを悟られないように、表に出ないようにビクビクしながら人と接しているだろう。実際私自身少しいやかなり口調が雑で品がない(決して下ネタに走る品ではない。これは断言できる)人間だと思っている。その部分が出ないように私自身気をつけて生活しているつもりであるが、割と頻繁に怖いとか言われてしまう。そしてなんとも言えない気持ちに苛まれてしまう。私が読書時にこのように自分の負の側面を捉えた時やっぱり自分はダメな人間だと烙印を押すだけではなくどうすれば救われるか何が必要なのかをその作品から得るようにしている。この作品からは同じようにおかしいことを理解できている人を見つけることが大事だと思った。

雪野と孝雄はお互いに自分が少しおかしいことに気づいている。雪野はそれで高校教師でありながら登校できず公園で真昼間からビールを飲み、孝雄は雨が降れば公園で靴の設計図を描く。そんな二人は雨の日に会うことを重ねていくうちに恋に落ちる。その恋ははっきりとした恋ではなく一人になり悲しくなる孤悲という文字がぴったりなものである。付き合うとかそういうはっきりした表現は見られない。しかし、お互いにお互いの存在があることで自分が存在することに気づくそれで十分恋ではないかと私は思う。それは承認欲求の塊だからとか思うが、人は元来承認欲求の塊で認められたい欲望でいっぱいなのだと思う。しかし、人は認められたいくせに認められない身勝手な生き物である。孝雄も雪野も人を認める精神は備わっているのだと思うしかし認めてくれる存在があまりにも少ないため怪訝な目で見られてしまってたのだろう。二人が出会うことでまた二人は新たな一歩を踏み出せてるわけだから私も他者を認め、私を認めてくれる人を見つけることができればそれで万事OKなのではないのか考えた。

 

新海誠監督は空前の大ブームを起こした君の名は。からもわかるように非常に写実的な絵を描くことかたであるが、小説ではその写実的な風景を言葉を巧みに使って表現している。ぜひ堪能してほしい。また、君の名は。で出てくる名前がちらほらと見られる。例えば主人公の雪野先生は糸守高校の先生として出てくるし、ある話の主役となる相澤祥子の友達はサヤちんと勅使河原が出てくる。君の名は。とは別人ではあるがなんかこう言葉に表せない感慨深さがある。

 

拙い文章で読みにくいと思いますが私の気持ちが少しでも伝わる方がいれば嬉しいかぎりです。若輩者の私ですが今後とも宜しくお願いします。